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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)961号 判決

原告 谷澄子

被告 三井高修

一、主  文

被告は原告に対し金三十一万三千七百三十二円及びこれに対する昭和二十五年三月二十日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払うこと。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金三百万円及びこれに対する昭和二十五年三月二十日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求原因として、被告は原告の姉婿であり、三井総元方正員、三井化学工業株式会社取締役会長、三井鉱山株式会社取締役等に歴任し、いわゆる三井財閥の重鎮であつた。原告はかねてから特別大型ダイヤモンド附白金指輪一個(八、八カラツトの純良ダイヤモンドを白金の指輪に細工せるもの)及び小型ダイヤモンド飾込白金台襟止一個(中央に約一カラツトのダイヤモンドがあり、三分し得る蝶型襟止にして全部にて約二百個の小ダイヤモンドを白金台に細工せるもの)を所有し、昭和十六年一月下旬頃被告に対し、右二物件及び同じく原告所有の小型ダイヤモンド約二百個嵌入白金側婦人用腕時計一個を、返還の時期を定めずに無償寄託し、被告はこれを東京都小石川区水道町二番地の被告居宅内倉庫に保管した。これより先原告は被告に対し原告所有の婦人用毛皮外套二着を同様無償寄託していたので結局被告は原告の所有品計五点を保管した次第である。

昭和二十年五月二十五日の空襲は、原告の居宅及び家財を灰塵に帰せしめ、更に終戦後の社会の激変は遂に原告を困窮の極に陥れ、原告に残された唯一の途は被告に寄託した物件を売却して生計の道を立てることのみとなつたので、原告は昭和二十二年春頃、被告の妻を通じ、前記寄託物件の返還を申入れたところ、被告からその妻を通じ、ダイヤモンド製品は戦争中供出してしまつたし、毛皮外套は他の用途に作り替えてしまつたのでいずれも現存しないとの回答があつた。しかし、原告としてはこのようなことは到底信じられないことであつたので更に人を介し、直接被告に対し返還を求めたところ、寄託品は現存せずとの被告の妻の前記回答にもかかわらず、被告は昭和二十二年九月六日、その長男高進を代理人として、寄託品中大型ダイヤモンド附白金指輪一個及び小型ダイヤモンド飾込白金台襟止一個を除く三点を返還し、その際右二物件については高進より「先頃倉庫内を探したが見当らず、戦時中供出したる由」との説明があつたが原告としてはなお半信半疑の裡に再調査を依頼した。

原告は前記返還を受けた三物件を売却し、生活の資に当てたが日々昂進する物価暴騰の嵐の中に三人の子女を抱え、しかも夫谷正之はいわゆるA級戦犯容疑者として巣鴨拘置所に抑留されているという事態に直面し、被告に寄託した物件中の大宗たる本件二物件を一日も早く返還を受けこれを売却換金することが必要であつたので、被告よりの再調査の回答を待つている中に、昭和二十三年十二月末夫正之は戦犯の容疑はれて釈放され帰宅したが、無資産、無収入の夫及び原告にとつては釈放の喜びは同時に生活の脅威を倍加し、原告の二児はこれを見かねて中途学業を廃すべきことを申出でるにいたつたのである。そこで原告は被告に再調査の回答を催促したところ、被告はようやく昭和二十四年四月にいたり、長男高進を通じて「本件二物件は戦時中供出した筈で目下当時の関係書類調査中につき調査完了次第追報する」旨の回答をした。原告は既述のとおり、現存せずと称した物件が後に返還された事例もあるので被告よりの追報を待つことにしたが、その後何の音沙汰もなく、同年七月、被告が当時の住所である福岡県大牟田より上京した機会に回答を求めたところ、「本件物件は昭和十九年十一月、交易営団に売却してしまつたことは明かであるから、今更返還することはできない」との回答があり、その時呈示された書類によると、被告は本件物件を昭和十九年十一月二日、被告自身の名義で代金五万余円をもつて交易営団に売却し、右代金も被告自身受取つたことが判明し、原告はここに初めて事の真相を知るにいたつた次第である。

しかし、被告の右供出当時、政府は個人所有のダイヤモンドにつき強制供出命令を出したことはなく、従つて法律上供出の義務はなかつたのであるから、被告は原告に無断で受寄物を交易営団に売却し、これに対する原告の所有権を喪失せしめながら、昭和二十四年七月確定的に右売却の事実を通報するまでこれを原告に黙秘していたものであつて、被告の以上の所為はすなわち故意又は過失にもとずく不法行為であると同時に寄託契約にもとずく受寄物保管義務及び受寄物返還義務に違反するものというべく、原告はこれにより生じた損害の賠償を求め得べきものである。

しかして本件物件は現在約一千万円の価格を有し、原告は被告の不法行為乃至は債務不履行により右に相当する損害を被むれるものであるが、右は敗戦後被告が原告に供出の事実を確定的に通報するまでの期間内に加速度的に生じた日本の貨幣価値の下落、すなわちその反面における一般的物価の騰貴に伴う特別事情により生じた損害であつて、右経済事情の変動はその当初から予想されたものであり、従つてこれに因つて生じた損害もまた予見し得べかりしものであるから被告は原告に対しこれが賠償の責ありというべく、原告は右の中、ダイヤモンドのみの価格を標準とし、現時、業者間の取引価格約二百万円に対し、小売価額、米国における価額を参酌し、被告に対する賠償額を金三百万円をもつて妥当なるものとし、本訴においてこれが支払を求めるものである。

しかしてなお、右特別事情による損害に関し左のとおり主張する。すなわち、元来不法行為によつて生じた損害賠償請求の許さるる範囲殊に所有権侵害があつた後物の価格の変動のあつた場合、何時の価格を標準として賠償額を定むべきか、ついては従来判例、学説区々にわたつていたが、大正十五年五月二十二日富貴丸事件についての大審院聯合部判決により、賠償の範囲は物の滅失時における交換価格によるべく、その他の損害、例えば不法行為時より判決時にいたるまでの間に物の価格の騰貴ありたる場合の騰貴額の賠償のごときは、これを民法第四百十六条第二項の特別事情による損害と同一に取扱い、不法行為者がその事情を予見し又は予見し得べかりし場合に限り請求し得べきものとされた。しかし、右判例を本件に適用することは著しく不公平なる結果を生ずるものであつて、本件は全然別個の判断をせらるべき案件である。その理由は、

(イ)  富貴丸事件においては不法行為発生の時より被害者において損害発生の事実を知つていたのであるが、本件では価格の変動ありたる後に被害者が不法行為による損害の発生を知つたものであること。

(ロ)  富貴丸事件では船舶そのものの価格が騰貴した場合であつたが、本件はしからずして、貨幣価値の下落により一般物価に大なる変動を生じた場合であり、ダイヤモンドは一般物価の変動に比すれば変動の率は低く、むしろ値下りと見るべきであつて、富貴丸事件におけるがごとき特別事情による損害といわれる事故発生後の物の価格騰貴はない。

(ハ)  判決は具体的事実関係にもとずく判断であるから、仮に一般的の法律解釈のごとき文詞により判示せられた判決例であつても、事実関係に著しい相違点ある場合には杓子定規的にこれを適用せず、公平妥当を目的として判決に柔軟性を有たせて裁判しなければならない。

(ニ)  日本敗戦による円貨幣購買力の変動は少くとも我が国民法典制定以来前代未聞の変動であつて、講学上いわゆる「事情変更」の場合として判断せらるべきである。もし本件において賠償すべきは損害発生当時の物の交換価額、すなわち約五万円であつて、それ以上の損害は予見することのできない特別事情による損害であるとされるならば、被告は価値が約二百分の一に下落した貨幣をもつて責任を果し得ることとなる。銀行預金のごとく、始めよりの金銭債務ならば格別、本件のように不法行為者がダイヤモンド処分を黙秘した不作為の結果、被害者は貨幣価値が二百分の一に下落するまで損害発生の事実を知らなかつた場合においては、損害発生当時の交換価額の支払をもつて、賠償責任を果し得べしとする判断は、公平の観念上支持しがたい。(なお以上論旨の根拠として事情変更の原則が不法行為による損害賠償範囲の判定に準用せらるべし、との学説につき、勝本正晃博士著「民法における事情変更の原則」、四五〇頁より四五一頁、四八八、四八九頁、八三四、八四五頁参照、マルク貨幣下落に関して損害賠償の範囲を判断した独逸の判例につき、小町谷操三博士著「貨幣価値の変動と契約」一九三頁より一九六頁、一九七、一九八頁参照、また英国において動産所有権侵害の不法行為に関して古くより判例があり、不法行為後において、物の価格が騰貴した場合には騰貴の原因が不法行為者の行為以外の如何なる原因によるを問わず、例えば市価の騰貴のごとき場合にも騰貴せる価格を賠償せらるべきものとする判例につき判事ジヨーン、サルモント卿著、不法行為法「ロー、オブ、トーツ」第七版四一四頁参照)。

と述べ、被告の仮定抗弁に対し、被告の本件物件の売却処分は保管行為ではないから、理由がない、と答えた。<立証省略>

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する」との判決を求め、

答弁として、原告主張事実中、被告が原告の姉婿であり、三井総元方正員、三井化学工業株式会社取締役会長及び三井鉱山株式会社取締役等に歴任したこと、本件物件二点及び小型ダイヤモンド嵌入婦人用腕時計一個、婦人用毛皮外套二着がもと原告所有にかかり、被告が原告よりこれら物件の交付を受けたこと、その後原告より被告の妻に対し、右物件の引渡要求があつたこと、昭和二十二年九月六日、被告の長男高進が原告に対し、右物件中本件の二点を除き、その余の三点を手交し、本件の二点は戦時中、供出したとの回答をしたこと、被告が右物件を昭和十九年十一月二日代金五万八百九十五円二十七銭で交易営団に供出したこと、昭和二十四年四月、被告が高進を通じ本件物件を戦時中供出したとの再度の回答をしたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。

そもそも本件物件は原告主張のように被告が無償寄託を受けたものではなくして、以下のごとき事情のもとに原告より贈与を受けたものである。すなわち、被告は原告と姻戚関係にあるため、外交官として華美な生活をしていた原告夫妻に被告所有家屋を修理して貸与し、あるいわ原告に金融する等、常に莫大な経済的援助をしてきたものであるが、原告は昭和十三、四年頃、右経済的の援助を金銭で返済することはできないからといつて、謝礼として本件二物件及び外三点の物品の贈与を申出でたので、被告はこれを受けることとしたが、余り高価のものでは気の毒と思い、本件の大型ダイヤモンドを鑑定させたところ、それ程高価のものではなかつたので、そのまま贈与を受けたものである。このことはその当時における被告と原告との社会的、経済的の地位、及び姻戚関係、更に本件物件の当時における価額が金一万円前後に過ぎなかつたこと等の諸般の事情を綜合すれば明瞭である。原告は本件物件を被告に交付したのは昭和十六年一月であると主張するが、被告は当時大牟田市に居住し、同年二月四、五日頃母危篤の報により上京し、その翌六日母の死にあつた情況にあり、原告主張日時には在京しなかつたのである。その後今次戦争となり、金、白金及び貴金属類に対する供出が要請されるにいたり、当時の国民感情からしても、当然供出すべきものと考えたので、本件物件を供出し、小型ダイヤモンド嵌入白金側婦人用腕時計は、時計としての価値の方が大であつたために除外した。しかるにその後昭和二十一年夏初めて原告より寄託物を返還されたいとの要求があつたので、被告はその妻を通じて本件物件はすでに供出済であることを告げ、残余の三物件についても贈与を受けたものであるため、その申入に応じなかつたのであるが、その後における度々の要求の煩わしさと、贈与したものを返還せよとの原告の態度に対する憤懣から、被告は大牟田市より書面をもつて当時在京中の長男高進に対し残余の三物件の手交方を指示したのである。同人はその時、米国より帰朝早々で以上の事情を諒知していなかつた上、被告から問題の経過も知らしてなかつたので、原告側より求められるままに、寄託物返還調書と題する書面に署名捺印したのであつて、右は被告において右物件の寄託物なることを承認したものではない。なお原告主張の供出計算書は昭和二十四年七月にいたつて被告から呈示したものではなくして同年四月、被告の長男高進から原告に呈示したものである。

本件における事実の真相は右述のとおりであるが、仮に一歩をゆずり、被告が本件物件の寄託を受けたものであつたとしても、右寄託は無償であつて、被告は本件物件の保管につき、自己の財産と同一の注意義務を尽したものである故、その限度においてのみ責任を負担すれば足るものであるところ、今次戦争が苛烈を極めるに及び一切の資源は戦争遂行に動員されるべき情勢となり、ダイヤモンドもまた航空機、電波兵器等、第一線兵器の生産上、及び軸受工具、工作機械、自動車関連機器の生産上、切削工具(ダイヤモンドバイトドレツサー)並びに引伸工具として不可欠の資材たることから、昭和十九年七月二十一日軍需次官通牒によつてこれが供出を要望され、当時週報、写真週報及び隣組を通じてその供出が要請された。被告はその当時における一般的な国民感情から、(当時右供出が法的に任意的なものかどうかは関知しなかつた)また諸般の情況から当然供出すべきものと信じ、昭和十九年十一月二日、三井信託株式会社を通じ、供出したものであつて、被告には右供出につき何等の故意又は過失なく、原告に対し不法行為もしくは債務不履行による損害賠償の責任なきものである。

次に仮に百歩をゆずり、被告に損害賠償の責ありとする場合において、原告はその範囲に関し、被告は本件物件を供出して後の物価昂騰は被告において予見し、または予見し得べかりしものであると主張しているが、右供出当時における戦争状態及び社会状態から、日本の敗戦とこれに伴うインフレシヨンを予見し得た者は皆無といつて過言ではなく、不法行為後、物の価格に変動のあつた場合、損害賠償の範囲につき何時の価額を標準とするかについては、大正十五年五月二十二日大審院聯合部言渡、富貴丸事件についての判決によつて解釈が一定し、損害賠償の範囲は物の滅失時(不法行為時)の交換価格によるべしとされたことは周知のとおりであり、本件ダイヤモンドが昭和十九年十一月二日、その当時における時価たる代金五万八百九十五円二十七銭で供出されたことは当事者間に争のない事実であるから、被告に損害賠償の責ありとするもその範囲は右金額の限度で足る筋合である。

原告はまた本件提起後インフレーシヨンによつて物価の昂騰を見た現状において、本件にはいわゆる事情変更の原則が適用さるべきであると主張する。しかしながら事情変更の原則は、本件においてしかく簡単に準用されるべきものではない。すなわち、事情変更の原則は、大陸法系の国においても、英米法系の国においてもはた又成文法上においても、判例法上においても、一般に是認された法理ではなく、ただ第一次大戦後ドイツにおいてインフレーシヨンが激化し、マルクの価値が暴落した当時、短期間ドイツ裁判所がこの原則を採用したことがあるのみで、そのドイツにおいても判決で問題を解決し得ず、結局旧来の不換紙幣一兆マルクを新規の一ライヒスマルクに等しとする平価切下に関する法律を制定するとともに特定の金銭債務につき、劃一的にある程度の価値引上を認めるという措置によつて問題を根本的に解決せざるを得なかつたのである。もし、原告の主張するがごとく、この原則が認めらるべきものとなれば国債、地方債、社債、預金、消費貸借、その他無数の契約の根底を動かし、訴訟は続出し、裁判所はこれが応接にいとまなきに至るであろう。そしてまた、原告の主張を認めることは、貨幣の法的効力を動かすことともなるが故に、既存の一切の権利関係に調整を加える必要が生じたとしても、その認定は国会がこれをなすべきで立法手段によつて一切の関係につき劃一公平に利害の調整を計り、社会経済の混乱を防止すべきものである。よつて本件の場合直ちに物価の相当大幅の変動があつたからとてこの原則が適用さるべきではないと述べた。<立証省略>

当裁判所は職権をもつて鑑定人久米武夫(第二回)の訊問をした。

三、理  由

本件における主たる争点は、第一、原告主張の特別大型ダイヤモンド附白金指輪一個及び小型ダイヤモンド飾込白金台襟止一個は、原告が被告に無償寄託したものであるか、あるいは贈与したものであるか、第二、もし、無償寄託したものとすれば、被告は原告に対し損害賠償の責ありや否や、第三、右賠償額の範囲いかんの三点にある。

よつて以下順次に右争点について検討をする。

第一、本件物件は無償寄託されたものであるか否かの点

被告が原告の姉婿であつて、三井総元方正員、三井化学工業株式会社取締役会長及び三井鉱山株式会社取締役等に歴任したこと、原告がその所有にかかる本件二物件及び小型ダイヤモンド約二百個嵌入白金側婦人用腕時計一個、婦人用毛皮外套二着合計五点を以前被告に交付したことがあつたが、その後その返還を求めたこと、(但し右交付の日時及び返還要求の日時については争がある)昭和二十二年九月六日、被告の長男三井高進が右五点中小型ダイヤモンド嵌入白金側腕時計一個及び毛皮外套二着を原告に手交し、残りの本件二物件は戦時中供出した旨回答したこと、被告が右二点を昭和十九年十一月二日、交易営団に代金五万八百九十五円二十七銭で供出したこと及び被告が昭和二十四年四月中前記高進を通じて本件物件は戦時中供出したことを再度回答したことはいずれも当事者間に争がない。

そこで証人谷正之、同柳井恒夫、同増井潤一郎の各証言及び原告本人訊問の結果を綜合すると、

本件物件は他の三点とともに、原告の夫谷正之が昭和十一、二年中オーストリー公使として原告を伴いウヰーンに駐在していた当時、原告に装身具として買与えたものであるが、原告は夫正之とともに昭和十三年春頃帰朝して後は、毛皮外套は使用する機会も少ないところから、原告の姉婿にあたる被告方に保管を託したこと、原告は昭和十四年七月頃夫正之には知らせることなく日本屋こと訴外増井潤一郎より金融を受け、その際担保として本件物件及び小型ダイヤモンド嵌入腕時計一個を差入れたところ、昭和十六年一、二月頃にいたり、正之においてこのことを知り、被告より金一万余円を借受けて、増井に対し債務を弁済し、同人より担保物の返還を受けたこと、そして正之はこれらの物が再び他人の手に渡ることがあるのを顧慮し、原告を強いて納得させた上、これを被告に保管を託することとし、その頃正之自ら原告を代理して被告に面接し、右物件を手交して期限を定めず無償寄託したものであることを認めることができる。

もつともこの点については証人三井広子の証言(第一、二回)によると、被告家と原告家とは姻戚であるところから、被告はその所有住宅を原告夫婦に貸与し、あるいわ金銭を融通するなど、平素経済的援助を惜しまなかつたことを知るに足り、また、同証言及び被告本人訊問の結果中に、「被告は原告夫妻がウヰーンに赴任する直前金一万円を原告に融通したが、原告は昭和十三、四年頃、現金では弁済できないから、その代償として本件物件等五点の贈与を申出でたので、これを受諾したものである。」旨の供述があることによると、本件物件はむしろ被告が贈与を受けたかの事実をうかがい得るごとくではあるが、右供述に対し、証人谷正之及び原告本人は、「被告のいう金一万円は、原告等夫妻がウヰーンに赴くに際し、餞別として被告から贈与されたものであり、その後昭和十五年頃正之の支那大使在任当時、被告に対し、価格二万円の繊維品を贈与し、餞別その他被告の原告等に対する従来の物質的援助に対する謝礼とした。」旨供述しているのであつて、この供述及び前記各証拠を対照すると右三井広子の証言及び被告本人の供述は容易に採用できず、その他本件記録に現われた証拠によつて本件物件が受贈物なることの被告の主張を肯定しがたい。

第二、被告の損害賠償責任の有無について、

以上によつて本件物件は原告が被告に対し無償寄託したものであることは明かであるが、被告がこれを原告の承諾なくして昭和十九年十一月二日、三井信託株式会社を通じ、交易営団に対し、代金五万八百九十五円二十七銭をもつて供出したことについては当事者間に争がなく、証人三井広子(第一、二回)及び被告本人訊問の結果によると、被告が供出当時、本件物件を原告から贈与を受けた自己の所有物件なりと信じていたことは疑ない事実と認められる。しかし、右は被告が原告から右物件の保管を託された当時の事情を忘れ去り、あたかも贈与を受けた物件であるかのごとく誤信したためであつたことは明瞭であつて、被告が右のように本件物件を自己の所有物と誤信して供出したことは全く受寄者としての注意義務を欠いた過失ある所為であるといわざるを得ない。

この点について被告は無償寄託における受寄者は受寄物を自己の物に対すると同一の注意をもつて保管すれば足るところ、当時ダイヤモンドは一般国民により当然供出されたものであるから仮に本件物件が受寄物であつたとしても、被告の供出については何等の故意も過失もないと主張するので考えるのに、当時ダイヤモンドが金、白金等とともに戦争遂行上不可欠の資源とされ、政府より一般国民に対し強く供出を勧奨され、一般国民はほとんど義務的にこれに応じ、その保有するものを供出したことは顕著な事実であつて、被告もまた右情勢のもとにダイヤモンドの所持者は当然これを供出すべきものとし、これに応じたものであることは推察するに余りがある。しかして無償寄託における受寄者は受寄物を自己の財産と同一の注意をもつて保管すれば足りるものではあるが、これを自己の物と全く同一に取扱い、寄託者の承諾なくして他に売却その他の処分をすることはもとより保管の権限を逸脱するものであり、たとえ、その処分行為が前記のごとき戦時下における政府の勧奨にもとずく強制的なものであつたにせよ、全然寄託者の意向をかえりみることなくしてなされることは民法第六百六十条の類推解釈の上からも許されがたいものというべく、もし右処分によつて寄託者に損害を生じたときは、その賠償の責に任すべきは当然である。なお被告は上述により明かなとおり、本件物件を自己の物と誤信して自己のために提出したものであるから、右供出をもつて原告のため事務管理をなしたものというべからざるは多言を要しない。よつて被告は本件物件の供出により原告に被らしめた損害を賠償すべきものである。

第三、損害賠償の範囲

(一)  被告は現在の物価騰貴を供出当時予見し得たか否かについて、

前述するとおり被告は本件物件を政府の勧奨に従い交易営団に対し、代金五万八百九十五円二十七銭で供出したものであるが、特段の事情のない限り、これを再び原告の所有に帰せしめることは不可能であるといわざるを得ないから、原告は右供出によりその所有権を喪失したものであつて、被告の受寄物保管義務及び返還義務はここに被告の過失ある所為により履行不能に帰したものであると同時に、被告の右供出の所為は原告の本件物件に対する所有権を不法に侵害したものというべきである。そこで鑑定人久米武夫(第一回)同松井英一の鑑定の結果によれば、交易営団は当時の時価をもつて供出物件を買上げたもので、被告の前記供出代金はすなわち当時における時価に相当するものであつたこと及び昭和二十六年四月右鑑定当時における同業者間の本件物件の卸売価格は、約金二百九万円乃至二百二十万円余に騰貴し、その小売価格は三割乃至四割高であることが認められる。そしてかかる時価の騰貴はわが国の敗戦の結果より生じた一般物価の暴騰に伴うものであつて全く特別の事情によるものと解せられるところ、一般に戦争後においては、勝敗の帰すういかんにかかわらず、国家経済の安定を欠き、物価がある程度昂騰することは公知の事実であり、被告が本件供出をした当時においてもすでに大東亜戦開始前に比し著しく物価が騰貴していたことは顕著なところであるので、供出後右物件の価格が一層騰貴すべきことは極めて抽象的には予想し得たところということができる。しかし、ひるがえつて当時国の総力を挙げて戦争遂行に邁進していた情勢からすると、この結末が今日見るがごとき敗戦に終り、経済混乱の結果、戦争前に比し平均二百倍(東京卸売物価指数において)近い物価暴騰を来すことは国民の何人といえども予見し得なかつたものというをさまたげないのみならず、係争のダイヤモンドに関しても鑑定人久米武夫の鑑定の結果(第二回)によれば、被告の供出後ダイヤモンドは装飾品として使用できなかつたため、その価格が一時低下したことさえあることをうかがえるので、以上のごとき特別事情による価格の騰貴を被告において予見し得たとする原告の主張は採用できない。

(二)  本件には事情変更の原則を準用すべきか否かについて、

被告が本件のダイヤモンド附白金指輪外一点を供出した昭和十九年十一月二日当時と、現在におけるわが国における経済事情、殊に一般物価の騰貴により貨幣価値が当時のそれに比し、著しく下落していること及び原、被告ともかくのごとき経済事情の変動あるべきを予見し得なかつたことはすでに述べたとおりである。しかし、わが国一般の経済状態を観察するに物価騰貴により貨幣価値が下落しているのに対し、国民は戦争の影響を受け、各種原因によりその保有する財産の多くを失つただけでなく、収入は物価に伴わず、その生活は今なお困窮の域を脱していないこともまた顕らかなところである。従つてかかる事情のもとに事情変更の原則を準用し、物価騰貴以前すなわち貨幣価値下落以前に発生し、その時すでに金銭賠償請求権に転換された本件について、その損害額を現在の時価に評価して債務者に支払を命ずることは債権者のみを著しく満足せしめる結果とはなつても、その反面において債務者に対し、全く予測し得なかつた不利益を科することとなるものであり、はなはだ衡平の観念と相容れないものである。論者あるいは本件においては被告は本件物件の供出代金として金五万八百円余を得ており、これを換物し、あるいは消費したとしても、結局今日の物価には対応した利得をなしたものと考えられるから、必ずしも被告に不測の不利益をもたらさないと主張するであろうが、被告が当時得たところの供出代金をもつて現今の高物価に相当する物又は金額を保有し、あるいは供出代金を消費することにより現今の高物価に相当する金品の消費を免れ得ていることは本件の証拠によつては認めがたい。従つて本件には事情変更の原則はこれを準用すべからざるものと解するのを相当とする。

なお原告主張の第一次大戦後において事情変更の原則を適用した独逸の裁判例は、その法律の規定において異るほか(わが国の損害賠償に関する規定は金銭賠償を原則とするに対し、独逸のそれは原状回復を原則としている)貨幣価値の下落の程度その他の情況において大きな相違のあるわが国の事情に照らし本件に類推することはできない。英国の裁判例も同様に本件の範とするに足りない。

(三)  被告が原告に対し供出の事実を告げず、黙祕していたことは不作為の不法行為を構成するか否かについて、

原告は被告に昭和二十四年七月まで本件供出の事実を黙祕して告げなかつたものであるところ、右不作為の所為も不法供出の事実と相俟つて不法行為を構成するものであると主張する。そこでこの点は本件不法行為が何時完成したか、従つてこれによつて生じた損害額の範囲を定めるについて影響があるので、案ずるに、右原告の主張は換言すれば、被告は作為による不法供出をなし、その後その事実を不法に昭和二十四年七月まで黙祕して告げず、右不作為によつて原告に対する権利侵害行為を継続したとの事実を主張するものと解される。しかしおよそ不法行為の加害者は被害者に対し、自己が権利侵害をなしたことを告げることを要するとの法理ありとは解せられず、従つて仮に加害者の黙祕により被害者が将来における損害の増大を防止しあるいは直ちに損害賠償の請求をなす等適当の処置を構ずるいとまがなく、そのために損害が拡大されたとしても、それは「黙祕」という不作為による権利侵害行為にもとずくものではなくして右はむしろ作為的な加害行為それ自体から生じた損害と見るべきであるので、原告のこの点に関する主張は理由がない。

(四)  本件における損害賠償額算定の時期について、

被告が供出の事実を黙祕していたことが不法行為を構成しないことは右に説くとおりであるが、一般に不法行為の被害者はその権利をよう護するため、あるいは自ら損害の増大を防止し、あるいは即時加害者に対し損害賠償を請求する等適切の措置を執るのを当然とするから、被害者が過失なくして被害事実を知らず、そのために右のようなことをなすことができなかつたため、損害が増大した場合においては、右損害の拡大が特別の事情によると、通常の場合によるとを問わず、又加害者がそのことを予見し得たと否とに論なく、加害者に対し増加した損害の賠償を請求し得るものと解するのを至当とする。けだし、被害者は被害事実を知るまでは当然自己の権利が他より侵害されることなく、円満の状態において存在するものであることを信ずるものであり、またかく信ずるにつき何等の過失のないものであつて、もしも、かかる場合においてもなおかつ賠償額を被害事実発生のときに生じた損害額に限定し、その後増加した損害の賠償請求はできないものとすれば、善意無過失の被害者に対し予期しなかつた不利益を被らしめる結果となるからであつて、このような場合はむしろ損害発生の原因を作つた加害者をして賠償させるのをもつて信義、衡平の観念に合致するものと解するが故である。そしてこのことは期限の定のない寄託契約において、受寄者がその責に帰すべき事由により受寄物を滅失毀損せしめ、その義務の履行を不能ならしめた場合も同様に解すべきものである。すなわち寄託者は通常その任意の時期に寄託物の返還を求めるまでは同物件が完全な状態において受寄者に保管されることを信ずるものであり、且つかく信ずるにつき何等の過失のないものであるから、万一かかる場合受寄者の責任により履行不能となり、寄託者に損害を生じたときは、右損害の賠償額は履行不能となつたときを標準とすべきではなく、寄託者において返還不能になつたことを知つたときを標準としなければならない。

そこで証人柳井恒夫、同島津護子、同三井広子(第一回)の各証言及び原告本人訊問の結果を綜合すると、原告は本件物件を昭和十六年一月下旬頃被告に寄託して以来はこれを使用しまたは処分換金する差迫つた必要がなかつたので、そのまま被告に保管を託しておいたものであるところ、昭和二十一年七月頃にいたり、生活費その他の処用を弁ずる必要を生じたので、本件物件の返還を受け、これを処分して右支出に充てようと考え、その頃、被告の妻すなわち原告の実姉三井広子に対し返還を求めたところ、広子は右物件は戦時中被告において供出した旨を告げたことを認めることができる。この点について原告は被告に対し最初の右物件を返還請求をしたのは昭和二十二年春頃であると主張するけれども右主張を認めるに足る証拠はない。また原告は本件物件を供出したとの広子の言葉を信用することができなかつたので、右広子の言によつては供出の事実を知るにいたらず、昭和二十四年七月、被告より供出関係の書類を提示されて初めて右事実を覚つたというけれども、ダイヤモンドの供出が政府の勧奨により広く一般に行われたこと、原告と広子とが実姉妹であること及び原、被告夫妻の身分その他の状情に照らし、広子が虚偽の事実を告げる道理はないと認められるから、たとえ原告が姉の言葉を信用せず、供出について疑をもつたにせよ、原告は広子から右事実を告げられた昭和二十一年七月にこれを知つたものと断定すべきである。よつて以上のとおりであるとすれば原告はこのときまでは本件物件が被告のもとに安全に保管されているものと考え、被告よりその現物の返還を受け得ることとのみ期待し、且つかく期待するにつき何等の過失なかりしものというべきであり、また特段の事実のない限り原告はこれをその時の時価において処分し、これを生活費その他の費用に充て得べかりしものと解すべきであつて、原告は被告に対しこの時における価格相当の損害賠償を求め得るものというべきである。被告は右賠償額の範囲に関し、大正十五年五月二十二日大審院聯合部言渡の判例(いわゆる富貴丸事件)を援用し、損害賠償額は不法行為の時における価格を標準とすべきであると論ずるけれども、右判例における事案は加害者の船舶が被害者の船舶に衝突し、損害を生ぜしめたものであつて被害者は損害発生の事実をその時直ちに知つた場合であるので、このような場合においては右判例がいうように不法行為時における価格をもつて賠償額の標準となすべきはまことに当然であるけれども、本件は同判例と事案の内容が異るのでこれをもつて直ちに本件を律することはできない。

(五)  結論

よつて進んで本件物件の昭和二十一年七月当時における価格を鑑定人久米武夫の鑑定の結果(第二回)について調べると、右物件の同業者間の卸売価格は合計二十四万一千三百三十三円(大型ダイヤモンド附白金台指輪一個金十七万六千五百五十一円、ダイヤモンド飾込襟止一個金六万四千七百八十二円)であることが明かであり、これに対する小売価格は約三割高と見て、合計金三十一万三千七百三十二円(円位以下切捨)であることを算出し得られる。従つて原告は被告の本件不法行為又は債務不履行により右金額相当の損害を被むつたものであり、被告は原告に対し右損害額を支払うべき義務あるものである。

以上の次第であるから原告の本訴請求は金三十一万三千七百三十二円及びこれに対する本件訴状の送達の翌日なること記録により明かな昭和二十五年三月二十日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度についてのみ正当としてこれを認容し、その余は失当であるので、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 原宸 北村良一 山田尚)

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